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「あこがれの街について考える」

若狭 あきよし

太田裕美の、「木綿のハンカチーフ」が街に流れていた東京での学生時代のことである。

私の友人に、九州出身のまっちゃんがいた。素朴な人柄で大好きな友人のひとりだった。その彼にYと言う友人がいた。Yは東京に憧れ九州の片田舎から出てきて、流行のファッションに身を包み颯爽と街をゆく男だった。「お〜れのさ〜言葉ってさ〜、も〜完璧に標準語だよね〜。」などと言うのだが、イントネーションは完全に博多弁そのものなのだ。それでも本人は、東京になじみ都会人になりきったつもりなのだ。

ある日のこと、九州からまっちゃんとYの共通の友人M君が東京に訪ねて来ることになった。東京駅の新幹線ホームに降り立ったM君はと言えば、ジャージに紙袋を下げた典型的な田舎のおっちゃん姿。Yは目を覆った。「呼ぶんじゃなかった。」

 まっちゃんがM君にどこに行きたいか尋ねると、M君「銀座にいってみたい。」と。
歌にも歌われるあこがれの銀座。M君にとって銀座は東京そのもの、スターのいる街なのだ。
 だがYはM君の肩をがしっとつかみ、じっと目を見ながら言った。「いいか、これから銀座に連れて行ってやる。だが絶対に博多弁をしゃべるな。もし博多弁を一言でもしゃべったらお前とは絶交だ。いいな。」
 M君神妙な面持ちで「わかった。」

三人は連れ立って地下鉄に乗り込み銀座へと向かった。M君、車中ではきょろきょろと辺りを見回すがもちろん「無言」である。
やがて地下鉄は銀座のホームにすべりこむ。
三人は人波に急かされるように階段をのぼっていった。
登りきれば憧れの銀座だ。

出口に立ち尽くすM君。眼前にはまばゆいばかりの憧れの大都会の景色。M君は喉をごくりと鳴らすと感極まってこう叫んだ。
「銀座たい、これが銀座たい。」
心からほとばしるような叫びが、あたりに響いた時だった。
 真っ赤な顔になったYがM君に数倍する声で怒鳴った。「ばかあ〜太か声で言うな〜」

木綿のハンカチーフの「恋人」は都会の絵の具に染まったが、Yは染まり切れなかったのだ。
その後三人が仲良く銀座見物をしたかどうか、残念ながら聞くのを忘れた。

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