「食欲の秋について考える」 若狭 あきよし 私は味がわからない。
世はグルメブームで、テレビでは食べ歩きとか高級料理の値段をあてる番組が毎日放送されているし、書店には「京の町屋のおいしい店」とか各地のグルメガイドブックが所狭しと並べられている。 タレントたちは、じつに上手においしさを表現してくれるし、ガイドブックには美しく撮られた料理が私を誘ってくる。
でも私は味がわからない。
腹が減っていればうまい、のである。味覚は子供の頃養われるらしいが、幼少の砌わが家は貧乏だったしお袋は料理が上手ではなかった。味付けが濃いのである。もちろん外食などしたことがない。 高校を卒業した年、慣れないナイフとフォークをぎこちなく使いながら初めて食べたハンバーグにうなった。それは、イシイのハンバーグとは明らかにちがっていた。この異国の食べ物に私は感激した。
そのような環境で育ったせいで、甘い辛い酸っぱいの区別しかつかない。家人に「甘いかな?」と問われると「うん甘い。」と答え、「辛い?」と問われたら「ちょっと辛い気がする。」と答える。実に主体性がない。作る方は張り合いのないことだろう。 それでも最近では、少し高級な店でも食事をすることがある。しかし、グルメを気取ってはみても所詮は付け焼刃。味わう間もなくガツガツ食べてしまうのだ。まるで野良猫である。
やはり食事はおいしく優雅にと思っていた矢先、先日の健康診断でメタボリックシンドロームと言われてしまった。 家人は「もう大きくならないのだから、そんなに食べなくていいのよ。」とのたまい、以来我が家の夕食は、やれ肉はダメだの揚げ物はコレステロールがどうとかと実に質素なものになってしまった。これは体のいい手抜きではないのか。
そんな訳で食欲の秋とは言え、空腹感にさいなまれながら夜な夜なグルメブック片手に、舞妓さんに囲まれながら飽食する光景を妄想する、しかないのである。
あぁ、塩をひとつまみ入れただけの茶漬けが食いたい。
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